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2005年01月01日

東京23区・商店街歩行見聞録(仮) その000 商店街を歩き出すまで

その000 商店街を歩き出すまで

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 商店街のない街に育った僕にとって、商店街は異世界だった。

 一九九八年、僕は進学のために上京した。十八歳だった。新宿副都心の西側・方南通りにあった学校の周辺にはいくつもの商店街があった。賑わったところもそうでないものもあったが、東京という日本で最大にして最先端の都市に、いまだ膨大な数のさまざまな商店街があるというのは、とても大きな驚きだった。

 僕は名古屋市で生まれ育った。名古屋あたりは戦後すぐに道路が便利になりすぎたせいか、中心部以外の駅前商業地がさほど開発されなかったようだ。古くからの商業地であった城下町や旧道の商店街のほとんどは、すでに勢いを失っている。だから僕は、東京に来て初めて、商店街で生活の買い物をする人々を見ることができたようなものだ。学校の空き時間に、一流のデザインと技術の粋である副都心のビル群を眺めるより、生活と密着した商店街を見るほうが、僕にとっては刺激的だった。商店街を歩くことは、異世界を見聞するようなものだったのだ。

 それから東京のさまざまな場所を少しずつ歩いているうちに、東京のどこにどんな商店街があるのか知りたいと思い始めた。しかし探しても探しても、そんなことを書いた本は出版されていないようだったし、ネット全盛期(二〇〇四年頃)になっても、商店街を「東京」という単位でまとめるサイトは存在しなかった。商店街の数が多いから個人で巡るサイトはなくて当然かもしれないが、区や都の組合のサイトですらまだ大した内容は載っていなかった。

 東京という、超有名な大都市にこんなにもある「商店街」というものが、こんなにも埋没している。そんな、現在における商店街の存在自体が、とても不思議で興味深いと思った。そうなるとますます知りたくなった。今見ておかなければなくなってしまう商店街だってきっとあるだろう。

 「早く、誰か東京の商店街を巡り歩いてレポートしてくれ!」と、僕はネットにつながったモニターの前で思い続けていた。自分で歩けばいいとみんなは思うかもしれないが、僕は商店街そのものが好きなのではなく、どこにどんな商店街があるのか知りたいだけなのだ。しかも完全な余所者だ。そんな自分が東京の商店街について書いたところで、迷惑なだけではないかという思いがあった。かといって、どこにも公開せず完全に自分だけのために歩くほどには、モチベーションが上がらなかった。ついでに言うと、僕は航空測量業の下請けのパートという身分であり、貧乏すぎて余裕がないという事情もあった。

 しかし結局は、自分で歩くことにした。そこに何か大きなきっかけがあったわけではない。ただ、自分がやらなければ他に誰もやらないだろうというのが、なんとなく確信できたのだ。

 決心はしたものの、どこに商店街があるのか正確なことは何もわからないので、ひとまず地図から判断することにした。僕は地図が好きだ。小学生の頃から、行ったことのない県の道路地図をわざわざ観賞用にいくつも買っていた。小中学校の休み時間にやることがない時には、地図帳を眺めて過ごしていた。

 地図は比較的価格が高いので、上京して一人暮らしを始めてからは新しい地図を買うことを控えていたけれど、久しぶりに大きな書店の地図売り場に行ってみた。何冊も出版されている東京地図の中に、商業地が色分けされている地図帳があった。しかも縮尺が七〇〇〇分の一だ。これなら、商店会組織単位の把握は無理でも、商店街があるらしい地域は比較的簡単に絞れると思い、即座に購入した。それに加えて、ゼンリンの地図サイトで、商店街っぽい細かい家屋が集中している箇所を探して、地図にメモした。表計算ソフトで二十三区内の歩きたい地域をリスト化し終えたのが、二〇〇五年の夏のことだった。

 でももちろん平日は仕事があり、日曜は閉まっている店が多いとなると、土曜しか歩けないことになってしまう。これで天気なんかを考慮しているとなかなか進まないことになる。だから僕は思い切って、気候の良い秋に仕事を一ヶ月辞め(パートだから「休み」ではない!)、平日毎日歩くことにした。幸い、辞めるなという人もいなかったし戻って来るなという人もいなかった。そんな職場だった。

 僕はとても収入が少なく貯金もあるとは言えなかったので、たとえ一ヶ月間だとしても仕事を辞めるのはかなりの決心だった。本を書くための取材で休むならまだ恰好もつくけど、とにかくただ知りたいことがあるだけでひと月休むんだから、相当バカな行為だ。バカンスで一ヶ月休めるというどこかの国ならまだしも、仕事大好きなこの日本でそれは無鉄砲というもの、という自覚もある。でも、そうでもしなければ得られない貴重な体験と情報であるのも、また確かだった。

 歩く場所を決めてからも、成果をネットで公開するべきかどうか、まだ悩んでいた。僕は東京生まれでも東京育ちでもない。商店街の中で暮らしているわけでもない。商店街大好き人間でもない。自分や親が店をやっているわけでもない。そして文章も写真もうまくはない。本来書くべきなのは、商店街が好きでたまらない人、または商店街の内部の人、あるいはせめて東京で育った人、ちゃんとしたライター、もしくはろくでもないライター、商店街アイドル的な地位を目指す人……とかまあ、とにかくそういう「書ける人」「とても書きたい人」ではないだろうか? 最初にできた物がショボいと、後に続く人のモチベーションが下がるし、それが商店街に悪い影響を及ぼすことだってある。たくさんの商店街を歩いた結果として、商店街やそのファンから嫌われたのではやりきれない。

 僕は商店街そのものはもちろん嫌いではないが、特別好きかと聞かれるとそうでもない。知らない人と話すことすら、得意ではない。つまり文字通りの「人見知り」で、ただ東京のどこにどんな商店街があるのか知りたいだけだ。商店街の存在に異文化的な興味があるのであって、商店街の中身にどっぷり惹かれているのとはちょっと違う。そういう自分が、商店街についてあれこれ書いても、「ああ、この人は商店街が好きで書いてるわけじゃないんだなあ」というのが滲み出てしまう。それは客観的な記録としては許容範囲だとは思うけど、読者に提供する読み物としてはつまらないことこの上ないのではないか。

(現に今作り上げられた自分のブログ「東京の商店街を歩こう」には、記事を読んでも面白いことは何一つ書いてないと思う。そもそもわざと面白おかしく書こうとは微塵も思っていない。「東京にそんな場所があって、いままでほとんど意識されていなかった」ことそのものが僕には面白いのだ。)

 などと散々考えたが、ただ歩くだけでは張り合いがないので、一応ブログにまとめることにした。ブログという形式にしたのは、流行に乗ったわけではなくて、カテゴリやタグを使って簡易データベース的に使ってもらえると思ったからだ。「カテゴリ」や「タグ」を使って、ある区だけを閲覧したり、ある特徴(アーケードがあるとか)だけ抜き出したりということが比較的容易に実現できるのはありがたい仕組みだ。ただし店の中身については、面倒なので書かないことにした。僕は商売関係のトラブルは大嫌いだし、金にもならないのにリスクを引き受けるのは嫌だ。

 一ヶ月の間に歩く場所は、各区からバランス良く選んだ。僕はまだそんなに都内のいろんな場所を歩いたわけではないから、とにかく最初は広く歩いてみなければいけない。グーグルストリートビューなんて便利なものはまだなかったから、歩くまで実際の様子はまったくわからない。賑わったところだけを抽出するなどということも不可能なのだ。だからまずは満遍なく歩いてみることにした。

 また毎日となると疲労もたまるので、足に負担をかけすぎない行程を組むことも心がけた。もちろん帰ってからブログを書く時間も必要だった。溜めてしまうと更新自体が面倒になってしまうから、なるべくその日のうちにアウトプットしたかった。

 だいたい日程を組み終わった頃には十月に入っていた。仕事をしないで歩行できるのは十月十一日から十一月十日までだ。

 この商店街歩きのための唯一の買い物として、デジタルカメラが必要だった。僕は秋葉原へ出かけた。八王子に住む僕がなぜ秋葉原かと言えば、型落ち品を安く手に入れるためだ。いくつかの店を覗いて、最終的には某電気店のアウトレットコーナーで、"FinePix F601"というコンパクトデジカメを購入した。たしか二万円弱だった。店員は内蔵メモリがあると説明したが、それは嘘、というか勘違いで、記録にはスマートメディアが必要だった。幸いこのカメラは以降四年近く使い続けることができ、目立つ故障もなかった。ひとつ残念なことに、商店街歩きを開始するまでに、試し撮りをする時間がほとんど取れなかった。

 とにかくこうして僕は、二〇〇五年の秋、需要なき東京商店街歩行に出発した。これから全ての歩行を振り返っていくので、お付き合い願いたい。


※なぜ七年も経った今になってこんな文章を書いているのか。それは、これだけの企画を成し遂げたんだから、ちょっとは「自分」を出して語ったっていいではないか、と思ったからだ。データベース的に作られたブログの各記事は、はっきり言って僕もつまらないと思う。かといってあそこに僕自身を流し込んでいったら、都区内の商店街についてまとめたというカタログ的な意味は薄くなってしまう。つまり、僕が歩きながら考えたことや、東京への思いは、今のところまったく宙に浮いている。それをここに書き残しておきたいのだ。読者がどれだけいるかわからないが、すべての歩行が終わった今、とにかく好きに書きたくなったのだ!

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posted by 志歌寿ケイト(しかすけ) at 13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 商店街歩行見聞録 | 更新情報をチェックする
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